東日本巨大地震:世界を泣かせた写真

y

週刊朝日の表紙になったり、ネットでも評判になった写真の彼女は愛犬家でした。

彼女があれほど、悲しそうに泣いていたのは失った愛犬のためだったのです。

d3f8373a

東日本巨大地震:世界を泣かせた写真の中の主人公・・・朝鮮日報

今年3月11日に大地震と津波が日本を飲み込んだ直後、1枚の写真が世界の人々の胸を締め付けた。ある若い女性が、がれきの山となった村で、地震で寸断されたアスファルト道路の端に座り込んで泣いている写真だった。

横に赤い長靴を並べ、裸足のまま座っていた姿が印象的だった。しかし、当時この写真を撮影したAP通信の写真記者も、女性があまりにも悲しそうに泣いていたため、名前すら聞けなかったという。

英 紙デイリー・メールは5日、「写真の主人公は宮城県名取市の人口7000人が暮らす小さな集落、閖上地区に住むイトウ・アカネさん(28)だ」と報じた。 イトウさんは飲食店で働きながら、恋人と共に、恋人の母親の家で暮らしていた。地震が発生したときは家にいた。激しい揺れと共に、水道や電気が途絶えたが 大きな被害はなかった。

水や乾電池を購入しようと、恋人の母親と共に車でスーパーに向かったが、その時点では二度と家に帰ることができないとは想像していなかった。家を出るとき、飼っていた13匹の犬が「キャンキャン」と吠えていたため「大丈夫だよ」と言ってなだめた。

家に戻ったのは、それから2日後だった。門があるはずの場所には倒れた建物の残骸だけが散らばっていた。イトウさんは地域文化センターで避難所生活を送る中「このまま愛する犬たちをあきらめられない」と思い掲示板を見て歩き、犬を探すチラシを張り出した。

そ んな中、まさかと思っていたことが現実となった。6歳のラブラドール「メイ」が見つかったのだ。そして2番目の奇跡は、SNSによってもたらされた。ある 女性が、本来の家から5キロほど離れた場所で茶色い毛のプードル「モモ」を発見し、近所の愛犬センターに届けたところ、愛犬センターのオーナーがSNSに 掲載されていたイトウさんの書き込みを見て連絡をくれたのだ。

イトウさんは現在、避難所でこの2匹の愛犬と暮らしながら残り11匹の行方を探し続けている。

                      金載坤(キム・ジェゴン)記者・・朝鮮日報

Z20110318TTAPT02032G3000000
04a9eebd
804d6295
bfc8507d

13頭の犬種は不明ですが、生き残ったラブラドールのメイちゃんとスタンダードプードルのモモちゃんを見ると、大型犬が好きなファミリーのような感じがします。
残りのワンちゃんもどこかで生き残っていることをお祈りします。

2011年04月12日(火) 18時43分15秒

【感動】地震後に再び出会えたイトウアカネさんと愛犬の写真に世界が涙する

テーマ:地震 愛犬メイと再び出会えたイトウアカリ(Akari Ito)さん

愛犬メイと再び出会えたイトウアカリ(Akari Ito)さん

東日本巨大地震:世界を泣かせた写真の中の主人公

彼女があれほど悲しそうに泣いていたのは失った愛犬のためだった。

今年3月11日に大地震と津波が日本を飲み込んだ直後、1枚の写真が世界の人々の胸を締め付けた。ある若い女性が、がれきの山となった村で、地震で寸断さ れたアスファルト道路の端に座り込んで泣いている写真だった。横に赤い長靴を並べ、裸足のまま座っていた姿が印象的だった。しかし、当時この写真を撮影し たAP通信の写真記者も、女性があまりにも悲しそうに泣いていたため、名前すら聞けなかったという。

英紙デイリー・メールは5日、「写 真の主人公は宮城県名取市の人口7000人が暮らす小さな集落、閖上地区に住むイトウアカネさん(28)だ」と報じた。イトウさんは飲食店で働きながら、 恋人と共に、恋人の母親の家で暮らしていた。地震が発生したときは家にいた。激しい揺れと共に、水道や電気が途絶えたが大きな被害はなかった。水や乾電池 を購入しようと、恋人の母親と共に車でスーパーに向かったが、その時点では二度と家に帰ることができないとは想像していなかった。家を出るとき、飼ってい た13匹の犬が「キャンキャン」と吠えていたため「大丈夫だよ」と言ってなだめた。

店から家に戻る途中、近所の人たちが「ものすごい津波が来ている」と言って、高台に避難するよう呼び掛けていた。イトウさんも慌てて山の方に避難し「犬たちは2階にいるから大丈夫だろう」と思っていた。

家に戻ったのは、それから2日後だった。門があるはずの場所には倒れた建物の残骸だけが散らばっていた。イトウさんは「その瞬間『全てをなくしたんだ。か わいがっていた犬たちはみな死んでしまったんだ』と思い、ショックでその場に座り込んだ」と話した。じっと座り込んだまま1時間が経過した。イトウさんは 「犬たちは私にとって家族同然。当時の私は、自分自身よりも大切な子どもを失った親の気持ちだった。なので、あれほど切迫した姿が写真に収められたのだろ う」と話した。

イトウさんは地域文化センターで避難所生活を送る中「このまま愛する犬たちをあきらめられない」と思い掲示板を見て歩き、犬を探すチラシを張り出した。フェースブックやツイッターなどのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)サイトにも、自らの事情を掲載した。

そんな中、まさかと思っていたことが現実となった。6歳のラブラドール「メイ」が見つかったのだ。イトウさんの家から1、2キロほど離れた場所に親戚を探 しに来ていたある家族がメイを保護し、イトウさんのチラシを見て電話をくれたのだ。そして2番目の奇跡は、SNSによってもたらされた。ある女性が、本来 の家から5キロほど離れた場所で茶色い毛のプードル「モモ」を発見し、近所の愛犬センターに届けたところ、愛犬センターのオーナーがSNSに掲載されてい たイトウさんの書き込みを見て連絡をくれたのだ。イトウさんは現在、避難所でこの2匹の愛犬と暮らしながら残り11匹の行方を探し続けている。

東日本巨大地震:世界を泣かせた写真の中の主人公 | Chosun Online | 朝鮮日報地震当時、海外メディアやTumblrなどで流れていたイトウアカネさんの画像を覚えている。(名前は今知ったばかりだけど)地震直後の被災地で佇むイトウアカリ(Akari Ito)さん彼女の表情が深い悲しみに満ちており瓦礫の山と化した風景も今回の地震の悲壮感を漂わせている。
「当時この写真を撮影したAP通信の写真記者も、女性があまりにも悲しそうに泣いていたため、名前すら聞けなかった」というのもよく分かる。それぐらい凄まじい写真だ。海外メディアのサイトへ行くとこのニュースについても語っている方も多く、この座っている女性と愛犬を抱きしめている女性のコートが同じだとコメント欄でも指摘されていて、言語が違えど世界中の方に直感的にも分かる感動的な話になっているようです。おいらも震災で心が弱っているのでほろっときました。イトウアカネさん、2匹のワンちゃん良かったね(´;ω;`)追加の画像もあります。
イトウアカネさんの追加画像|地震怖いです|´・ω・`|
2011年04月12日(火) 20時05分23秒

イトウアカネさんの追加画像

テーマ:地震 地震怖いです|´・ω・`|-イトウアカネ(Akane Ito)さん

地震怖いです|´・ω・`|-イトウアカネ(Akane Ito)さん

地震怖いです|´・ω・`|-イトウアカネ(Akane Ito)さん

震災後、離れ離れになっていた愛犬と再び出会えたイトウアカネさんに世界が注目し涙しています。
東日本巨大地震:世界を泣かせた写真の中の主人公 | Chosun Online | 朝鮮日報

その他の画像についてはこちらの記事に貼っていますので見てください。
【感動】地震後に再び出会えたイトウアカネさんと愛犬の写真に世界が涙する|地震怖いです|´・ω・`|

【肥田美佐子のNYリポート】日本永住を決意したドナルド・キーン氏に聞く「震災後、米国人の親日感情は最高潮」

  • 2011年 5月 13日  13:01 JST

 4月26日、日本文学研究のパイオニアとして知られるドナルド・キーン米コロンビア大学名誉教授(88)が、約10人の大学院生などを前に最後の授業を行い、56年に及ぶ教師生活にピリオドを打った。日本国籍を取得し、余生を「日本人」として過ごすためだ。

約35人の報道陣が見守るなか、キーン名誉教授は、ゆったりとした穏やかな口調ながらも、「19年前の公式な引退後も教壇に立ってきたが、日本では、 88歳(米寿)は重要な年。わたしも人生をチェンジすべきときだと考え、日本で残りの人生を全うすることにした」と、英語で決意を語った。帰化は、長い 間、驚くほどの親切さで接してくれた日本人への「せめてもの恩返し」だという。

キーン氏は、いったい日本のどこに魅了されたのか。日本人の最大の短所は何か。東日本大震災で大きな転換点に立つ日本には、何が求められているのか――。最後の授業の翌週、ニューヨーク市内の同大学で、日本文化を極めたキーン名誉教授に日本語で話を聞いた。

――今年になって日本永住を考え始めたとうかがっています。

110513_hida_01_553.jpg ドナルド・キーン氏

キーン氏 1月、日本で3週間入院した際、あとどのくらい生きるか分からないと考え、残りの人生をどこで過ごすか、まじめに考えるように なった。そして、達したのが、いちばん住みやすい所は日本、という結論だった。かねてから日本の友人などに恵まれたことに対し、感謝の気持ちを伝えたいと 思っていたところ、大震災が起こった。テレビで、ものすごい津波の映像を見て、日本の国籍を取ろうという気持ちが固まった。わたしの決断が日本の人たちに 勇気を与えると言ってくれた日本人もいる。日本を離れる野球選手なども多いなかで、一人だけ日本に向かうのだから、驚く人もいたが、反対する人はいなかっ た。わたしを知っている人は、みんな、「なるほど(当然)」と。

今、何十年もかけて集めた文学書や美術書など何千冊をどう処分しようか、考えているところだ。今まで1冊も捨てたことがない。東京には、35年前に買っ た家がある。これまでも、1年の3分の2を日本で過ごしてきた。日本でも教えたことはあるが、日本の習慣では、70歳になると仕事がないので(笑)、講演 活動などを行ってきた。北海道から九州まで、すべての都道府県を回った。

――56年間の教師生活を振り返って、最も心に残る思い出は何でしょう?

キーン氏 1968年、コロンビア大学で、学生のストライキがあった(注:映画『いちご白書』の下敷きにもなった有名な学園紛争)。わたし の教え子たちは参加していなかったが、(学内が騒然としていたので)私の家で授業をした。わたしは、学生が政治活動にかかわってもかまわないと考えていた が、1つだけ大事なことがあった。日本文学を愛していること、だ。あのころの学生は、心底、日本文学に「惚れて」いた。だから、授業もうまくいった。教え 子には本当に恵まれた。

――教授は、日本という「女性」と結婚したようなものだと発言されています。その女性のどこにいちばんひかれたのでしょう?

キーン氏 日本にいると、いちばん落ち着く。米国が嫌いなわけではないが、ニューヨークに帰ってくるとショックを受ける。物を買っても、あ りがとうとも言われない。今日も医者に診察してもらったが、「ワイシャツを脱げ」といった調子だ(笑)。それに比べて、日本のお医者さんの丁寧なことと いったら。人間と動物のいちばんの違いは「礼儀」である。わたし自身、自然に日本の礼儀を守るようになった。もちろん、知らないこともあったが、いったん 覚えると、それを実践してきた。

31歳のころ、日本に留学し、下宿したのが、京都にある国宝級の家の離れだった。いろりや茶室もあり、なんともいえない眺めだった。縁側に立つと、人家 が一軒もなく、見えるのは、お寺だけ。だが、ひと月ほどたつと、母屋に米国帰りの京大の助教授が入ってきた。それを聞き、大変がっかりした。きっと英語の 練習をさせられると思ったからだ。彼の部屋の前を通るときは、横を向いて視線を合わせないようにした。

ところが、ある夜、夕食を共にすることになり、以来、親友になった。のちに文部大臣となった永井道雄氏(故人)である。素晴らしい人だった。彼に出会っ てから、現代の日本も知らねばだめだと思い、選挙演説を聴きに行ったりした。当時、『夕鶴』(戯曲)が大人気だった木下順二とも知り合った。人の紹介で三 島由紀夫とも親しくなり、作品の一部を訳したこともある。素晴らしい日本人の友人を持って、本当に幸せだった。

――日本人と米国人の最大の違いは何だと思われますか。

キーン氏 家族に不幸があっても、泣いたりせず、自分の本当の気持ちを隠して人に接するのが日本人。一方、米国人は、ワーッと話す(笑)。 以前、ハワイ出身の力士が負けたとき、とても悲しそうな顔をしたが、日本の力士は、表情を見せない。外国人が日本で暮らすと、日本人は、なぜ悲しいのに笑 うのかと驚く。

今回の震災でも、米国人は、日本人の落ち着きぶりに驚いた。素晴らしい、と。今ほど親日感情が高まっているときはない。わたしの友人で、特に日本に関心がない人でも、大震災の話をする。(いろいろな話が出るが)誰からも、一度も日本の悪口を聞いたことがない。

――逆に、日本の最大の欠点は何でしょう?

キーン氏 極端から極端に走るところ、だろうか。バブルのころは、ロックフェラーセンターからドイツのお城まで、(日系企業が)ほうぼうで土地などを買ったが、もうちょっと遠慮してもよかったのではないか。

だが、(バブルがはじけると)今度は逆に、「もう日本はだめだ。外国は、みんな中国に興味がある」となってしまう。もう日本語を勉強したがる外国人はい ないと言うが、うそだ。今年は、(コロンビア大学の日本文学のクラスには)去年の倍の学生が集まった。日本では、ジャパン・バッシングからジャパン・パッ シング(日本外し)など、誰かが言い出すと、みんなそれにならってしまう。

今日、ニュースで知ったが、(2013年以降)ニューヨークのタクシーが日産車に統一されるという。日本製品はいいということを、みんな知っている。風評被害で日本の食べ物を敬遠する米国人もいるという話があるが、わたしの周りでは聞いたこともない。

――今、日本は、サプライチェーンの混乱など、戦後最大の危機に直面しています。

キーン氏 日本製品は高品質で信用できるという評価は、揺るぎないものだ。以前は、日本は物まねが上手だと言われたが、今は、日本が新製品 を出し、他国がまねる時代だ。日本の美術も人気がある。音楽も、毎年、ニューヨーク・フィルハーモニックが武満徹の曲を演奏するようになり、広く知られる ようになった。経済力が、世界2位から3位になったことに意味はない。中国は人口が多い分、(国内総生産が高くなって)当たり前だ。日本が悲観することは 何もない。

――震災以降、エネルギー不足や停電の恐れなどにより、昔のレベルの生活にダウンシフトすべきといった声も出ています。

キーン氏 たとえば、機関車を例にとろう。懐かしさや(レトロの)美しさへのあこがれから、乗ってみたいという声があるのは分かる。だが、 私の記憶では、本当にひどいものだった。トンネルに入ると慌てて窓を閉めたが、ほこりが口に入って、嫌な味がいつまでも残る。持ち物は汚くなるし、ちっと もロマンチックではない。

――震災の危機管理や原発対策で、日本政府を批判する声が目立ちますが。

キーン氏 昔から、日本政府は透明性を欠いていた。たとえば、公人に不幸があったときも、原因などが詳しく報道されない。日本では、個人的 なこととして扱われるのだろう。米国などでは詳しく報道されるが、日本政府は、はっきりした情報を出すのを避ける。ごまかしているなどとは思わないが、米 国とは事情が違う。

――日本に行ったら、真っ先にやりたいことは何ですか。

キーン氏 ささやかなことだが……。家の近くの小道の両側に店が並んでいるのだが、まず、そこを歩いて、「帰ってきました!」と、みんなにあいさつしたい。

――日本の読者にメッセージをお願いします。

キーン氏 日本は大丈夫。必ず復興する、と信じている。

*****************

肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト

肥田美佐子氏 Ran Suzuki

東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社など にエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘さ れる。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』 『AERA』 『サンデー毎日』 『ニューズウィーク日本版』 『週刊ダイヤモンド』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキ ング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com

肥田美佐子のNYリポート バックナンバー≫

東日本大震災:「ペット助けて」愛猫家ら活動 南相馬

ボランティアの仲間とともにペット救出を訴える吉田美恵子さん(中央)=2011年5月15日、柳澤一男撮影

ボランティアの仲間とともにペット救出を訴える吉田美恵子さん(中央)=2011年5月15日、柳澤一男撮影

震災発生9日前に、吉田さんが撮影した愛猫たち=吉田さん提供

震災発生9日前に、吉田さんが撮影した愛猫たち=吉田さん提供

福島県南相馬市の警戒区域内で14日に撮影された犬=今本さん提供

福島県南相馬市の警戒区域内で14日に撮影された犬=今本さん提供

東京電力福島第1原発事故で立ち入り禁止となった警戒区域にいるペットを救出しようと、福島県南相馬市の愛猫家女性が4月30日から始めた呼びか け活動が広がりを見せている。毎日、同市役所前でプラカードを掲げ、行政の支援や他の飼い主の賛同を呼びかけたところ、約30人から取り残されたペットの 情報が寄せられ、ボランティアも活動に加わるようになった。情報は許可を得て立ち入る関係者に渡され、確認作業などに活用されている。【杉本修作、柳澤一 男、蓬田正志】

同市小高区東町2の学習塾経営、吉田美恵子さん(61)。猫9匹を飼っていたが、原発事故後、警戒区域外の小学校に避難した。自宅に戻った際に餌 を与え、6匹は預け先が見つかったが、1匹は病死。雄の「あかお」と「ふく」が自宅に残る中、4月22日から警戒区域への立ち入りが禁止された。1人暮ら しの吉田さんにとっては家族のような存在。救いたい一心で、1人で運動を始めた。

1日数時間、市役所前でプラカードを掲げる。その活動がインターネットなどで「猫おばさん」と紹介され、他のペット愛好家から相談が相次ぐようになった。集まった情報のリストを市や保健所、自衛隊員らに提供し、「捜索や調査で立ち入る際に餌をやって」と訴えている。

今月中旬からは東京や神奈川、茨城などのボランティア6人も一緒に市役所前に立つ。その一人で茨城県つくば市の大学講師、鶴田真子美(まこみ)さん(46)は「命は日々衰えていく。何とかしたいという思いで吉田さんを支援している」と語る。

14~15日、許可を得て警戒区域内の家畜を調査した民主党の高邑勉衆院議員と奈良県葛城市の獣医師、今本成樹さん(37)も、吉田さんからリス トを託され、区域内で犬や猫に餌やりをした。あちこちでペットを見かけ、玄関先でじっと飼い主の帰りを待つ犬もいたという。今本さんは「ペットの保護に、 もっと国が動くべきだ」と指摘した。

警戒区域では今月10日から一時帰宅が始まった。環境省動物愛護管理室は県と協力し、帰宅住民からの情報を基に、鎖につながれるなど保護が短時間 で可能とみられる犬や猫は連れ帰る活動を開始。約1週間で18匹の犬猫を保護した。ただ、多くの市町村では一時帰宅の実施が遅れており、吉田さんは「早く しないと、どんどん餓死してしまう。保護が進むまで訴え続けたい」と沈痛な表情を浮かべた。

毎日新聞 2011年5月17日 12時06分(最終更新 5月17日 12時24分)

車内生活ペット限界

避難所…運動不足やストレス

東日本大震災から2か月余り。県内の避難所では、いまだに飼い主の車の中で過ごすペットがいる。限られたスペースで、気温の上昇により疲労とスト レスを募らせ、飼い主も「閉じ込めておくのはかわいそう。体調も心配」と気をもむ。こうした現状に、県は避難所にペット用のテントやケージを用意する対策 に乗り出したが、避難の長期化を懸念する声も出ている。(清武悠樹)

車の後部座席で愛犬ベリーと遊ぶ東海林さん(福島市佐原で)=林陽一撮影

「ベリー、散歩の時間だよ」。600人以上が体育館で避難生活を送る福島市のあづま総合運動公園の駐車場。浪江町から両親と避難してきた東海林利枝さん(32)が愛犬ミニチュアダックスフントの名を呼ぶと、ベリーは軽乗用車内から待ちかねたように飛びついてきた。

同体育館では現在、約20人の避難住民がペットの犬や猫などと暮らす。木や柱につながれている大型犬や中型犬がいる一方、室内で飼われる小型犬や猫は車内にいることが多い。晴れた日の朝夕は車内からペットを連れ出し、公園内を散歩する飼い主の姿も。

ベリーは2年前、側溝に落ちて腰を痛めて以来、排せつが苦手。11歳と高齢なこともあり、東海林さんは一時預かりに出すのをためらい、3月下旬の 避難後から車内で飼っている。昼間は室温が上がるが、防犯のため窓は少ししか開けられない。1日に数回様子を見に行くと、ベリーは日の当たらない運転席の 足元付近にうずくまっていることがある。東海林さんは「事故に遭ったり、連れて行かれたりする不安があって、外につなぐことができない」と話す。

2匹の猫と一緒に南相馬市から避難してきた男性会社員(38)も同じ悩みを抱える。男性は「家の中で自由にしていた時と比べ、運動不足になる」と気にかける。

県などでつくる県動物救護本部によると、これまで県内12市町村から避難所でペットに使うテントやケージの要望があった。すでに郡山市の避難所に はテント3基の下にケージ40個を用意し、飼い主に開放している。あづま総合運動公園には福島市の要望を受け、近くテント2基とケージ25個を設置すると いう。

「飼い主にとってペットは家族の一員。離れ離れになれば避難者にもペットにもストレスがかかる」と同本部の担当者は気遣う。県獣医師会の島崎昌三 (まさみ)常務理事も「ペットが狭い場所で過ごすと運動不足で消化器系を壊し、食欲不振や下痢を引き起こすことがある。ストレスから様々な病気を引き起こ しかねない」と懸念している。

住民が避難した後の地域では、複数の動物愛護団体がペットの保護活動を続けている。名古屋市の自動車販売業本多明さん(47)が代表を務める 「にゃんだーガード」は現在、田村市のシェルターを拠点に犬と猫を合わせて約20頭を保護している。本多さんは「病気が多く、人間に対する不信感も強い。 一時預かりに耐えられる健康状態に戻すのが大変」と話す。

最近では預かり先が足りず、東海、近畿地方にまでペットを届けに行くこともある。課題は人手と資金の不足で、「県への登録数や活動の実感からすれ ば、まだ千単位のペットが残されていると思う。少しでも援助をお願いしたい」と呼びかけている。問い合わせは本多さん(090・4443・3628)へ。

(2011年5月15日  読売新聞)

川内村と葛尾村で犬11匹、猫7匹を保護

 環境省は16日、福島第1原発の警戒区域にある福島県川内村と葛尾村で10、12両日実施された住民の一時帰宅の際、同省と県が保護したペットは合計で犬11匹、48 件7匹だったと発表した。内訳は葛尾村が猫1匹だけで、ほかはすべて川内村。

また、警戒区域内のほかの市町村でも今後、一時帰宅が相次ぐことから、環境省は16日までに日本獣医師会や福島以外の都道府県、政令指定都市などに対し、ペット救出活動に携わる獣医師や専門職員の派遣協力を要請した。

[2011年5月16日21時4分]

被災ペット 生かされた命をつなげ 5月16日(月)

 東日本大震災の被災地で、大量の犬と猫が保護されている。地震や大津波で、飼い主とはぐれたペットとみられる。避難する際置き去りにせざるをえなかった人も少なくない。少子高齢化と核家族化が進むなか、多くの家庭でペットはかけがえのない家族となっている。被災地では、復興への道のりを歩む人々の心の支えとなるだろう。宮城、福島、岩手の3県の保健所の多くが、保護した犬と猫の殺処分を見合わせている。震災をくぐり抜け、生かされた命である。行政だけでなく動物愛護団体などの知恵を集めて、飼い主のもとへ戻したり新たな飼い主を探す取り組みを進めてもらいたい。まずは預かる場所を確保することだ。宮城県では保健所で収容しきれず、県動物愛護センターなどで保護している。

県獣医師会の有志が、石巻市に犬や猫を保護するシェルターを設けた。迷子のペットだけでなく、避難所にペットを連れて行けない人からも預かっている。きめ細かさが光る。生活再建のめどが立つまで、地域のなかで預かる仕組みをつくれるといい。

避難先の自治体も配慮が要る。京都市の取り組みが参考になる。市内に避難している被災者のために、ペットを一時的に預かってくれる住民や事業者を募っている。

保護された犬と猫の情報提供がカギになる。富士通がネットワークサービスを無料で提供し、被災したペットの情報を管理する試みを始めている。消息を求めている飼い主に、確実に情報が届くよう工夫してほしい。

もう一つ。震災をきっかけに、ペットの命について考える機会を持ちたい。

日本では毎年、犬や猫が大量に殺処分されている。2009年度でおよそ23万匹。捨てられたペットや、飼い主が処分に困って保健所に持ち込んだものだ。飼い主や新たなもらい手が見つからなければ、いずれはガスや薬物注射で殺されることになる。

人間の側の都合でペットの命が奪われる事例を少しでも減らしたい。各地の自治体は、引き取った犬や猫の写真をホームぺージに載せ、もらい手を募る取り組みに力を入れている。それでも、捨てられる数に追いつかない。

この震災で主を亡くしたペットも多い。新たに犬や猫を飼おうと思う人は、保健所や動物愛護センターから譲り受けることを考えてもらえないか。これも大事なボランティアの一つである。

東日本大震災:「飼い主とペット、快適に」青森の杉浦さん、物資提供呼びかけ /青森

 ◇物資積み被災地を回る 人手の足りなさを痛感

東日本大震災で被災した岩手、宮城両県の避難所に、犬や猫用の物資を県内から届ける活動が続いている。犬のしつけトレーニングを行う「ドッグガー デン青森店」(青森市浜田3)店長の杉浦明里さん(26)らは「飼い主とペットに少しでも快適に過ごしてほしい」と、物資不足をなくすため奔走する。【高 橋真志】

杉浦さんらは3月25日~4月15日、物資を積んだ車で被災地を4回訪問した。岩手県陸前高田市や宮城県女川町の避難所を回り、ドッグフードや餌皿などを配布。崖崩れで道が寸断し、自衛隊員ががれきを撤去する中、アスファルトがはがれた道路を走った。

被災者たちは避難所に持ち込んだ車内で犬や猫を飼っていた。ペット用品は被災地では貴重だ。「次はいつ来てくれるのか」と聞かれたこともあった。うれしかったが、被災者とペットの置かれた厳しい状況に胸が痛んだ。

被災地のペット事情は3月下旬に知人を通して知った。「自分たちにできることをしよう」。届ける物資を集めるため店頭に張り紙して提供を呼び掛けると、3日間で車1台分が集まった。

実際に避難所を回ってみて、物資が十分に届いていないことが初めて分かったという。杉浦さんは「県や市の動物愛護センターには全国から善意が寄せられているのに配る人手が足りない」と話す。

被災地ではボランティアらが物資の配布にあたっているが、すべての避難所をこまめに回ることは難しい。休暇を利用した短期の参加者も多く、効率的な人の配置や引き継ぎを行う体制作りが急務だという。

陸前高田市で印象に残る場面があったという。避難所近くの民家に、17歳の老犬を連れた老夫婦が避難していた。「この犬が生きていてくれるだけ で、元気になれる」という言葉に、改めて「子どものような存在で生きがいなんだと思った」と杉浦さん。支援活動をできるだけ長く続けようと心に決めた。

毎日新聞 2011年5月16日 地方版

東日本大震災:被災ドッグ預かり“開店休業” 武雄市の構想、条件厳しく /佐賀

 ◇「飼い主特定が必要」「期間は1年」

東日本大震災で飼えなくなった犬を救おうと、武雄市が4月に「被災ドッグ受け入れ構想」として発表した取り組みが、1カ月たっても一頭も受け入れ がなく、“開店休業”状態に陥っている。「飼い主が特定できる」など、条件が実態に合わないことが主な理由。市と共同で取り組んでいるNPO法人も困惑気 味で、動物支援団体は「被災地の実態に即していない」と、首をかしげている。【蒔田備憲】

市は4月6日、同市のNPO法人「アニマルウィング」などとともに取り組みを発表。「ペットと避難所で同伴できなかったり、あてなくさまよい命を落とすケースがある」として、市内で100頭を受け入れることができるよう、市民に働きかけていくとした。

市環境課によると、5月6日までに市民33人から里親ボランティアの申し出があり、犬61頭を受け入れる準備が整ったという。しかし実際の受け入れはゼロのままだ。

背景には市が設けた「飼い主が特定できている」「おおむね1年で飼い主の元に返す」の条件がある。4月末に福島県の被災地に入った同法人も「飼い 主が所在不明の犬が多い。受け入れを検討したが、市の条件に合わず、調整ができなかった」と漏らす。さらに、現地からの輸送費助成がないこともネックの一 つだ。

震災発生直後から犬や猫の支援活動に取り組み、延べ750頭を保護したNPO法人「犬猫みなしご救援隊」(広島県)の中谷百里理事長は「ペットの 支援をしたい、という市の気持ちは非常にありがたい」と言いながらも「保護したうち、飼い主が特定できないペットは半数。避難生活も長引いており、1年で 返す、というのは被災者の実態に即さないのでは」と疑問を投げかける。

市に対しても、動物愛護団体などから同じような声が寄せられているというが、市の担当者は「条件を変えることは考えていない」と話している。

毎日新聞 2011年5月16日 地方版

東日本大震災:被災ドッグ預かり“開店休業” 武雄市の構想、条件厳しく /佐賀

 ◇「飼い主特定が必要」「期間は1年」

東日本大震災で飼えなくなった犬を救おうと、武雄市が4月に「被災ドッグ受け入れ構想」として発表した取り組みが、1カ月たっても一頭も受け入れ がなく、“開店休業”状態に陥っている。「飼い主が特定できる」など、条件が実態に合わないことが主な理由。市と共同で取り組んでいるNPO法人も困惑気 味で、動物支援団体は「被災地の実態に即していない」と、首をかしげている。【蒔田備憲】

市は4月6日、同市のNPO法人「アニマルウィング」などとともに取り組みを発表。「ペットと避難所で同伴できなかったり、あてなくさまよい命を落とすケースがある」として、市内で100頭を受け入れることができるよう、市民に働きかけていくとした。

市環境課によると、5月6日までに市民33人から里親ボランティアの申し出があり、犬61頭を受け入れる準備が整ったという。しかし実際の受け入れはゼロのままだ。

背景には市が設けた「飼い主が特定できている」「おおむね1年で飼い主の元に返す」の条件がある。4月末に福島県の被災地に入った同法人も「飼い 主が所在不明の犬が多い。受け入れを検討したが、市の条件に合わず、調整ができなかった」と漏らす。さらに、現地からの輸送費助成がないこともネックの一 つだ。

震災発生直後から犬や猫の支援活動に取り組み、延べ750頭を保護したNPO法人「犬猫みなしご救援隊」(広島県)の中谷百里理事長は「ペットの 支援をしたい、という市の気持ちは非常にありがたい」と言いながらも「保護したうち、飼い主が特定できないペットは半数。避難生活も長引いており、1年で 返す、というのは被災者の実態に即さないのでは」と疑問を投げかける。

市に対しても、動物愛護団体などから同じような声が寄せられているというが、市の担当者は「条件を変えることは考えていない」と話している。

毎日新聞 2011年5月16日 地方版

被災地のペットを救え! 保健所、殺処分見合わせ

 宮城県石巻市に設けられたシェルターで、預けた犬と会う飼い主(左)=10日

東日本大震災の発生以降、津波被害が大きかった岩手、宮城、福島の3県の被災地で、保健所が捕獲した犬や100+ 件の殺処分を見合わせている。震災で飼い主とはぐれ迷子になったペットが多くいるためで、犬や猫を「被災動物」として扱い、飼い主に戻したり、新たな飼い主を探している。獣医師らがペットを守る「シェルター」をつくる動きも始まった。

犬や猫の殺処分を見合わせているのは、宮城県の全市町村と、福島県は郡山市を除く全市町村。岩手県は沿岸部の釜石市、大船渡市など5市5町3村で殺処分を見合わせている。

このため、犬や猫を捕獲した場合は、保健所のほか、各県の施設や連携する動物病院、愛護団体で保護している。

宮城県動物愛護センター(富谷町)では、同県内の保健所で収容しきれない犬や100+ 件約50匹が保護されており、震災前から譲渡用などで飼育されている動物と合わせると計約150匹。

職員は人手の足りない保健所に応援に出ることも多く、運営は「いっぱい、いっぱいの状態」(同センターの川村一夫次長)だ。ボランティアの協力も得て動物の世話をしている。

宮城県では、このほか各地の保健所で50匹以上を保護。岩手県でも震災で迷子になったとみられる動物約10匹、福島県でも約60匹が保護されている。

一方、宮城県石巻市では、県獣医師会の有志が県の土地を借り、犬や猫を保護するシェルターを設けた。迷子のペットだけでなく、避難所にペットを連れて行けない被災者からも預かる。シェルターにいる犬と猫は130匹以上。預けたペットに会いに来たり、いなくなったペットを捜す人が頻繁に訪れている。

ボランティアで東京から来た獣医師岩崎雅和さん(35)は「ペットは家族。各地で獣医師が中心になって地域の動物を保護する流れをつくるべきだ」と指摘。石巻市の獣医師佐藤秀麿さん(47)も「ペットが被災者の心の支えになり、地域の復興につながれば」と話していた。

2011/05/14 08:56   【共同通信】

ペット専用の避難所開設  旧騎西高 自治会作り運営

福島県双葉町の住民らが避難する加須市の旧県立騎西高校に、ペット専用の避難所が開設された。住民らが自治会を作って運営している。

校庭隅にある約170平方メートルの弓道場を利用し、4月下旬に開設。床にブルーシートを敷いてケージを設置した。現在犬8匹、猫2匹が飼われている。

ペット専用の避難所で愛犬を抱く半沢さん(加須市の旧騎西高で)

半沢典子さん(28)は、8歳の雌犬ノアを預けるまで、校舎敷地内の駐車場にとめた車の中で飼っていたが、ストレスからノアの毛は抜け落ち、体を かきむしり、体重も9キロから7・5キロまで減っていた。今は落ち着きを取り戻したといい、半沢さんは「避難生活は長引きそうなので、安心して飼える場所 ができたのは本当にありがたい。飼い主同士で相談や情報交換ができるのもうれしい」と喜ぶ。

施設は、ボランティアや飼い主が県と町に働きかけ、使用の許可を受けた。運営は飼い主で作る「双葉ワンニャン自治会」。近隣で暮らす住民も含め 13世帯が加入し、交代で掃除などを行う。会長の板倉ゆかりさん(47)は「まだペットを車で飼っている方や知人に預けている方もおり、今後の一時帰宅 後、連れて帰る方も出てくるかもしれない。そうした受け皿にもなれれば」と話す。

支援するNPO法人・日本動物生命尊重の会(東京都)の金木洋子代表は「周囲に迷惑をかけることなく運営できれば、ほかの避難所でもそのノウハウを活用できる。行政の理解を求めながら、ペットの受け入れを進められたら」と期待している。

(2011年5月13日  読売新聞)

福島第1原発:飼い主待つペット犬…20キロ圏で救出作業

南相馬市の原発から20キロ圏内で保護された犬=2011年4月28日(環境省提供)

南相馬市の原発から20キロ圏内で保護された犬=2011年4月28日(環境省提供)

警戒区域の南相馬市小高地区で保護された犬=福島県南相馬市の相双保健福祉事務所で2011年4月28日午後4時半、須賀川理撮影

警戒区域の南相馬市小高地区で保護された犬=福島県南相馬市の相双保健福祉事務所で2011年4月28日午後4時半、須賀川理撮影

福島県は28日、東京電力福島第1原発から20キロ圏内の「警戒区域」に取り残されたペットの保護を震災後、初めて行った。狂犬病予防法などに基づく措置で、主に放し飼い状態になっている犬が対象。つながれた犬や猫などは現場で獣医師が衰弱度合いを見て判断する。

この日は南相馬市小高地区と葛尾村で獣医師7人を含む11人で約2時間かけて捜索。犬5匹と猫1匹を保護した。捕獲した場所でスクリーニング検査を行った。

保護した犬の飼い主が分からない場合は県のホームページで公開し、一定期間が過ぎて飼い主が現れなかった場合も新たな飼い主を探し、処分などはしない方針。【須賀川理】

毎日新聞 2011年4月28日 20時50分(最終更新 4月28日 21時53分)

machikawaco3 について

a TORO lawn mower dealer in Japan
カテゴリー: NEWS パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中