東北地方太平洋沖地震 (宮城三陸沖M8.4->8.8->9.0地震,8.9USGS) 捜索救助活動 2011/03/11 part 6-13

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つながろう多賀城~復興への歩み~  映像で見る復興状況

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宮城県震災情報~仙台市宮城野区仙台港付近

多賀城市 写真でみる復興状況

最終更新日 平成23年4月25日

震災1ヶ月後からの多賀城の復興状況を紹介します。

震災から1ヶ月間の様子は、「映像でみる 復興状況」をご覧ください。

目次

4月25日撮影 |  4月24日撮影 |  4月23日撮影 |  4月22日撮影 |  4月21日撮影 |  4月20日撮影 |  4月18日撮影 |  4月16日撮影 |  4月15日撮影 |

26日以降がれき撤去を優先、南三陸町長が方針

東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町の佐藤仁町長は24日、自衛隊などによる集中捜索が行われる25、26日以降は、行方不明者の捜索より、がれき撤去を優先して作業するよう要請する考えを明らかにした。

同町では、がれき撤去の際、不明者を傷つけないよう慎重に作業が行われてきた。だが、町内に約70万トンあるとみられるがれき撤去がなかなか進まず、方針転換を望む声が出ていた。

佐藤町長はこの日の記者会見で、「まったく行方不明者の捜索をしないというわけではない」としながらも、「これまでと同じように丁寧に作業するわけにはいかない」と話した。

24日現在、同町の行方不明者は655人に上る。

(2011年4月24日20時51分  読売新聞)

自衛隊が大規模捜索、原発20〜30キロ圏も

地元住民の話を聞く自衛隊員ら(岩手県・山田町で)=立石紀和撮影

自衛隊は25日、岩手、宮城、福島県の沿岸部などで3回目となる行方不明者の集中捜索を開始した。

捜索には、自衛隊員約2万4800人と、航空機約90機、艦艇約50隻を投入し、米軍のヘリ2機、海上保安庁と警察も参加。集中捜索は3回目だが、自衛隊の人員規模としては最大となる。

過去2回の集中捜索では実施しなかった東京電力福島第一原子力発電所の半径20〜30キロ圏内でも、陸と空から捜索。警察は20キロ圏内での活動 を担う。地上部ではがれきの下のほか、捜索が難航している冠水地域や沼地を中心に部隊を投入し、洋上部では航空機や艦艇が捜索にあたった。

児童108人中65人が死亡し、現在も9人が行方不明となっている宮城県石巻市の市立大川小周辺では、陸上自衛隊と警察、消防計約650人態勢で 捜索。学校周辺の冠水した田畑や土砂で埋まった住宅地で、隊員らが一列になって丁寧に手がかりを捜した。陸自第14旅団の菅野茂・幕僚長は「保護者の思い も強い。可能性がある限り丁寧に捜索を続ける」と話した。

(2011年4月25日14時52分  読売新聞)

震災行方不明者、いま一度の集中捜索

  • 2011年 4月 26日  11:40 JST

ASSOCIATED PRESS

陸上自衛隊による行方不明者の捜索(25日、宮城県七ヶ浜町)

大津波で壊滅的な被害を受けた福島県いわき市の沿岸部で25日、陸上自衛隊などによる行方不明者の集中捜索が行われた。自衛隊員約200人に市消防本部や消防団の約150人が加わり、沿岸の平豊間、久之浜、薄磯の3地区で活動した。
(1面に関連記事) 平豊間地区では、倒壊した住宅のがれきを手作業でどかしながら捜索した。手紙や写真といった思い出の品を見つけると、居住者に分かるよう籠に入れ、家の前に置いていた。集中捜索は26日も行う。
福島県災害対策本部によると、いわき市内での死者は298人、行方不明82人となっている。
宮城県七ケ浜町でも自衛隊員約700人が捜索に当たった。菖蒲田浜地区では手作業でがれきを仕分けし、見つかった位牌(いはい)や家族写真は保管所の町サッカースタジアムに持ち帰った。
汐見台地区では、土砂やがれきなどが流れ込んだ調整池を捜索。ポンプで水を吸い上げた後、隊員が腰まで水につかりながら捜索した。午前は海上自衛隊のダイバーによる海中の捜索も行った。
七ケ浜町によると、町内の死者は64人、行方不明者は12人となっている。

2011年04月26日火曜日

自衛隊が66遺体収容 25日の不明者集中捜索

防衛省は26日、東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城、福島各県で行った3回目の集中捜索で自衛隊が25日に収容した遺体は同日夜の発表から7遺体増え、66遺体になったと明らかにした。集中捜索は26日も実施している。

防衛省によると、がれきの下などから57体、沿岸部で9体見つかった。地域別では岩手県が35体、宮城県が29体、福島県が2体。今回初めて対象エリアに加えた福島第1原発の半径20~30キロでの遺体収容はなかった。

2011/04/26 11:56   【共同通信】

東日本大震災:59遺体を収容 3回目集中捜索

 岩手、宮城、福島各県で自衛隊や在日米軍、海上保安庁、警察などが25日に実施した3回目の行方不明者の集中捜索は午後5時ごろに終了、自衛隊は59遺体を収容した。26日も行う。

防衛省によると、がれきの下などから52体、沿岸部で7体を発見した。地域別では岩手県が34体、宮城県が23体、福島県が2体。

毎日新聞 2011年4月25日 21時43分(最終更新 4月25日 23時29分)

震災後3度目の集中捜索 大川小学校周辺も

< 2011年4月26日 1:38 >

自衛隊は25日、東日本大震災後3度目となる行方不明者の集中捜索を行った。今回は、約7割の児童が死亡または行方不明となった宮城・石巻市の小学校の周辺も捜索した。

今回は岩手県と福島県も含め、2万5000人態勢で最大規模の捜索を行った。石巻市の大川小学校周辺では、自衛隊に加え、警察や消防など計650人が、水 没した地域やがれきの下に行方不明者がいないか調べた。大川小学校は、当時の全校児童108人のうち65人が死亡、9人が行方不明となっている。

25日の捜索では、3県で計59人の遺体が発見された。集中捜索は、26日も沿岸部を中心に行われる。

住宅のがれきを手作業でどかす いわきなどで集中捜索

倒壊した家屋を撤去しながら、不明者を捜す自衛隊員=25日午前11時、いわき市平豊間

大津波で壊滅的な被害を受けた福島県いわき市の沿岸部で25日、陸上自衛隊などによる行方不明者の集中捜索が行われた。自衛隊員約200人に市消防本部や消防団の約150人が加わり、沿岸の平豊間、久之浜、薄磯の3地区で活動した。
(1面に関連記事) 平豊間地区では、倒壊した住宅のがれきを手作業でどかしながら捜索した。手紙や写真といった思い出の品を見つけると、居住者に分かるよう籠に入れ、家の前に置いていた。集中捜索は26日も行う。
福島県災害対策本部によると、いわき市内での死者は298人、行方不明82人となっている。
宮城県七ケ浜町でも自衛隊員約700人が捜索に当たった。菖蒲田浜地区では手作業でがれきを仕分けし、見つかった位牌(いはい)や家族写真は保管所の町サッカースタジアムに持ち帰った。
汐見台地区では、土砂やがれきなどが流れ込んだ調整池を捜索。ポンプで水を吸い上げた後、隊員が腰まで水につかりながら捜索した。午前は海上自衛隊のダイバーによる海中の捜索も行った。
七ケ浜町によると、町内の死者は64人、行方不明者は12人となっている。

2011年04月26日火曜日

自衛隊 3度目の大規模捜索へ

4月24日 12時0分

東日本大震災で行方が分からなくなっている人たちを捜すため、自衛隊は、アメリカ軍や警察などとともに、3度目となる大規模な捜索を25日から行います。

今回の震災で行方が分からなくなっている人たちを捜すため、自衛隊は、今月1日から3日にかけて と、今月10日の2度にわたって、アメリカ軍などとともに、岩手県から福島県にかけての沿岸部を中心に、大規模な捜索を行いました。しかし、今もおよそ1 万2000人の行方が分かっていないことから、25日と26日の2日間、アメリカ軍と警察、それに海上保安庁とともに大規模な捜索を行うことになりまし た。今回の捜索は、岩手県から福島県にかけての陸上部と沿岸部、それに沖合で行われ、自衛隊だけでも隊員2万5000人と航空機90機、それに艦艇50隻 が参加することになっています。また、今回は、これまでの大規模捜索では行われなかった、福島第一原子力発電所から半径30キロ以内にある陸上部や沖合で も、捜索が行われることになっています。

陸自福島、南相馬で不明者捜索開始

2011年04月24日 11時06分配信

陸上自衛隊福島駐屯地第11施設群は23日までに、南相馬市で行方不明者の捜索を開始した。

これまで宮城県で活動してきたが、地元での任務に切り替わった。

第11施設群の隊員約200人が、福島第一原発から30キロ圏内にある同市の鹿島区や原町区に投入されている。

施設群は道路や橋を造成する部隊で、保有する重機を活用して被災地のがれきの撤去に当たる。

23日は雨が降る中、原町区などで油圧ショベル5台を使ってがれきを撤去し、ダンプで搬出した。

当面の間、30キロ圏内での活動を続ける。

陸上自衛隊の他の部隊は相馬市や新地町で捜索を展開した。

県警と相馬広域消防本部も23日、いわき市と相馬市、新地町で行方不明者を捜索した。

日米トモダチ作戦、3日間の遺体捜索終了

「トモダチ作戦」の一環として米軍が参加した自衛隊や海上保安庁などによる行方不明者の集中捜索は3日、3日間の日程を終えた。

捜索は、被災した岩手、宮城、福島の各県沿岸部と海上で行われ、3日は艦艇約90隻、航空機約130機を投入。この日は12人の遺体を収容し、3日間で計78人となった。

(2011年4月3日23時40分  読売新聞)

自衛隊と米軍連携、不明者を集中捜索…3県沿岸

東日本巨大地震で、自衛隊は31日、在日米軍や海上保安庁などと協力し、岩手、宮城、福島の各県沿岸部で、1日から3日間にわたり、行方不明者の集中捜索に乗り出すと発表した。

地震発生から1日で3週間となるが、自衛隊と米軍などが連携し、一斉捜索するのは初めて。行方不明者は警察庁のまとめで計1万6400人余りに上る。多くが沖合に流された可能性があり、地上と海での集中的な捜索で発見に全力を挙げる。

自衛隊の統合任務部隊司令部がある陸自東北方面総監部(仙台市)によると、集中捜索には、自衛隊約1万8000人と米軍約7000人が参加する。海保も巡視艇や人員の調整を進めている。

3県の沿岸部を9地区に分け、地上からは陸自の九つの師団・旅団の部隊が捜索に入り、海上と空からの捜索には自衛隊と在日米軍があたり、航空機計約120機、艦艇は計65隻ほどが投入される。東京電力福島第一原子力発電所の半径30キロ圏内では実施しない。

(2011年4月1日03時09分  読売新聞)

東日本大震災:両陛下、27日から被災者見舞い

 天皇、皇后両陛下が東日本大震災の被災者見舞いのため、宮城・岩手・福島県を訪問することが、26日の閣議に報告された。宮城が27日、岩手が5 月2日、福島が同11日で、捜索や復興作業に支障が出ないようにという両陛下の意向を受けて、いずれも自衛隊機を利用した日帰りのハードな日程となる。

最初の宮城へは、東京・羽田空港から自衛隊機で航空自衛隊松島基地(東松島市)に行き、ヘリコプターに乗り換えて南三陸町の臨時ヘリポートに到着。高台から被災状況を視察後、町内の避難所で被災者を励ます。その後、仙台市にヘリで移動、宮城野区内の避難所を訪れる。

両陛下はこれまで、東京都内や埼玉県の避難所や千葉・茨城両県の被災地を訪れた。震災発生後から東北各県の被災者への見舞い・激励や救出・復旧に 当たっている自衛隊や警察・消防などの関係者をねぎらいたいという強い気持ちを持っていたが、行方不明者の捜索などが続いていたこともあって、これまで控 えていた。【大久保和夫】

毎日新聞 2011年4月26日 10時32分

両陛下の東北お見舞い、閣議で報告 5月2日に岩手、11日に福島

2011.4.26 09:42
 天皇、皇后両陛下が東日本大震災の被災者を見舞うため、宮城、岩手、福島の3県を訪問されることが26日の閣議で報告された。27日に宮城、5月2日に岩手、同11日に福島を見舞われる。 両陛下は27日午前、羽田空港から自衛隊機で宮城県へ。南三陸町で被災状況を視察後、被災者を励ますほか、復興に尽力する関係者をねぎらわれる。仙台市内 の避難所も訪問し、自衛隊機で帰京される予定。県内の移動は自衛隊ヘリを利用される。悪天候の場合、28日に延期される。 両陛下は3月 30日に東京都足立区、今月8日に埼玉県加須市の避難所を相次いでご訪問。14日には津波で被災した千葉県旭市、22日にも同様に津波被害を受けた茨城県 北茨城市を見舞われた。東北3県を予定通り訪問すれば、7週間連続で避難所や被災地に入られることになる。

関連ニュース

【皇室ウイークリー】

(176)「何もないけど…」被災者が折り鶴で陛下迎える 雅子さま、連続でご活動

2011.4.23 07:00 (1/4ページ)
被災した大津漁港を訪れ、黙礼される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)クリックして拡大する被災した大津漁港を訪れ、黙礼される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
 天皇、皇后両陛下は21日、お住まいの皇居・御所で、オーストラリアのギラード首相と、パートナーのティム・マシーソン氏を引見された。 宮内庁によると、陛下はギラード首相に対し、東日本大震災後の同国の支援に対して感謝の言葉を述べられた。東北地方で活動した緊急援助隊に対しては、「雪が降って寒かったと思いますが、健康状態はいかがですか」とねぎらわれたという。 両陛下は14日の千葉県旭市に続き、22日に被災地を見舞われた。茨城県で最大の人的被害が出た北茨城市に入り、津波被害のみならず、福島第1原発事故の影響でコウナゴ漁を自粛している大津漁港を視察された。 被害状況を説明した大津漁協組合長の鈴木将之さん(67)によると、陛下は、岸壁に大きな漁船があるのを見て「あの船はまだ使えるの?」と質問された。皇后さまは組合長に「何が一番大変ですか」と語りかけられたという。 避難所となっている北茨城市民体育館では、陛下が身近な人を亡くした被災者に「残念なことでしたね」と語りかけられた。皇后さまは、長引く避難生活を心配し、「歩いていますか?」「少し体操されたりね」と被災者の健康を気遣われた。 避難所で仲良くなったという58歳から81歳までの女性5人は、新聞紙で作った大きな折り鶴を、目の前に置いて陛下を迎えた。「何にもないけど、何かしたかった」という気持ちだったそうで、陛下は「鶴がありますね」とほほ笑まれていた。

 皇太子ご夫妻は先週から今週にかけて、東日本大震災に関連し、説明や進講を受けられた。ご 夫妻は15日、防衛事務次官と自衛隊の統合幕僚長から、震災における自衛隊の活動について説明を受けられた。21日にも、中央防災会議の専門委員で、地震 や津波の専門家である阿部勝征・東大名誉教授による進講をご夫妻で受けられた。 宮内庁の野村一成東宮大夫は21日の定例記者会見で、今後のご夫妻の被災地などのご訪問について「両陛下の被災地へのお見舞いが連休前後に検討されていることを踏まえつつ検討する」と話した。具体的な日程は「まだお話しできる段階にない」と明言を避けた。 野村東宮大夫はまた、7月に予定されている学習院OB管弦楽団の定期演奏会が、東日本大震災のチャリティーコンサートとなることが決まり、皇太子さまが積極的に参加する意向を示されていることも明らかにした。 常陸宮ご夫妻は20日、東日本大震災の被災者を見舞うため、川崎市とどろきアリーナ(川崎市)を訪問された。今回の震災で、天皇ご一家以外の皇族方が避難所を訪問されたのは初めて。 常陸宮ご夫妻は避難所の共有スペースになっている喫茶室でお見舞いされた。ご夫妻が喫茶室に姿を現されると、被災者は拍手で迎えた。ご夫妻は8つのテーブル席を順番にまわり、お二人そろって椅子に座って被災者と懇談された。

 常陸宮さまは、福島第1原発事故の影響を案じられた。第1原発から20キロ圏内に住む福島県南相馬市の菅野妙子さん(53)に、「一時的には帰れるの?」とご質問。菅野さんが「少しだけ荷物を持ち出したが、もう戻れない…」と話すと、心配そうな表情を浮かべられた。 常陸宮妃華子さまは母親や小さな子供たちに優しく話しかけられた。2人の子供と避難している、いわき市の深澤尚美さん(30)に華子さまは「2人だと大変 ね。夜は眠れる?」とお声がけに。長男の利玖くん(5)にも、「地震、怖かったわね」「ここではお友達はできた?」と話しかけられた。 常陸宮さまは最後に、胸ポケットからメモを取り出し、お言葉を述べられた。宮内庁によると、予定していたことではなく、常陸宮さまの“お気持ち”だったという。ここで全文を紹介したい。 「この度、皆さまには東日本の大地震と津波によりご家族や家を失い、さらに原子力発電所の事故により避難所生活を余儀なくされておられます。皆さまの避難 所での不安やご苦労は、私どもの想像をはるかに超えています。これからしばらくの間、困難な日々を過ごされると思いますが、厳しく寒い冬の後に暖かい春が 来るように、また蒸し暑い夏の後には涼しい秋が来るように、皆さまがお元気で地元に帰られて、静かで平和な暮らしに戻られることを願っています。今、日本 中が心をひとつにして皆さんとともに頑張っています。皆さんには、くれぐれも、健康に気をつけてください」

 各宮家は今週もさまざまな公務を果たされた。 秋篠宮さまは18日、都市センターホテル(東京都千代田区)で、生き物文化誌学会事務局会議に出席された。20日には東京大学総合研究博物館(東京都文京区)で研究会に出席された。 秋篠宮ご夫妻は18日、宮邸で、全国社会福祉協議会会長らから説明を受けられた。 秋篠宮妃紀子さまは19日、日本看護協会会長から東日本大震災の支援活動について説明を受けられた。 常陸宮さまは21日、宮邸で発明協会理事長らと懇談された。 高円宮妃久子さまは18日、宮邸で、日本水難救済会会長と懇談された。 ◇ 【皇室ウイークリー】は毎週土曜日、「MSN産経ニュース」だけに掲載している企画です。紙面ではあまり触れられない各宮家のご活動や、病気療養中の雅子 さまのご様子を含め、宮内庁担当記者がご皇室の1週間を振り返ります。紙面で掲載できなかった写真もご紹介しています。さらに「皇室ウイークリー」だけの ために撮影した写真も、アップしています。 また皇室のご動静は、産経新聞社が取材協力している扶桑社の季刊誌『皇室 Our Imperial Family』でも、詳しくご紹介しています。

クリントン米国務長官(左)を迎えられる天皇、皇后両陛下=17日午後、皇居・御所(代表撮影)
クリントン米国務長官(左)を迎えられる天皇、皇后両陛下=17日午後、皇居・御所(代表撮影)
オーストラリアのギラード首相(右手前)と同首相のパートナー、ティム・マシーソン氏(中央)を出迎えられる天皇、皇后両陛下=21日午前、皇居・御所(代表撮影)
オーストラリアのギラード首相(左端)と同首相のパートナー、ティム・マシーソン氏(右端)と会見される天皇、皇后両陛下=21日午前、皇居・御所(代表撮影)
被災した大津漁港を視察される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
被災した大津漁港を視察される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
犠牲者が出た住宅付近で、黙礼される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市の大津漁港(代表撮影)
被災した大津漁港を視察される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
被災した大津漁港を訪れ、黙礼される天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時39分、茨城県北茨城市(代表撮影)
避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時40分、茨城県北茨城市(代表撮影)
北茨城市役所に到着し、豊田稔・北茨城市長(左)らの出迎えを受けられる天皇、皇后両陛下。右手前は橋本昌知事=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
福島県南相馬市の住民らが避難している川崎市とどろきアリーナを訪問された常陸宮ご夫妻=20日午後(代表撮影)
避難所で福島県南相馬市の住民らに声を掛けられる常陸宮ご夫妻=20日午後、川崎市とどろきアリーナ(代表撮影)

「コウナゴは…」 被災地の茨城ご訪問で両陛下

2011.4.22 18:01
避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時40分、茨城県北茨城市(代表撮影)クリックして拡大する避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時40分、茨城県北茨城市(代表撮影)
 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災の被災者を見舞うため、日帰りで茨城県北茨城市を訪問された。両陛下が被災地に入られたのは旭市に続き2カ所目となった。 両陛下は、津波で大きな被害を受けた大津漁港をご視察。近隣の数百人が並んで迎え、口々に「ありがとうございます」と声があがった。両陛下はあちこちが割れている地面を歩きながら、「お体は大丈夫ですか」「学校は楽しいですか」などと声をかけて回られた。 陸に置かれている船を見ると、陛下は「あの船は使えるの?」「海に沈んでいたんですか?」と漁協関係者に質問された。 両陛下は、死者が出た住宅と、行方不明者がいる海に向かって、2回にわたって黙礼された。その後は、家屋が損壊した住民らが避難する市民体育館も訪問された。 橋本昌知事らによると、昼の会食で陛下は、福島第一原発の放射性物質(放射能)の風評被害を心配しながら、「しっかりとした知識に基づいて行動してほしいですね」などと話されたという。 また、会食の弁当には地元で水揚げされた魚料理が入っていたが、陛下は「コウナゴは入っているんですか」と尋ねられたという。コウナゴについては、暫定基準値を上回る放射性物質が検出されたため、出漁を自粛するなどの影響が出ている。 北茨城市では今回の震災で5人が死亡、1人が行方不明となり、茨城県内で最も人的被害が大きかった。

避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時40分、茨城県北茨城市(代表撮影)
避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時40分、茨城県北茨城市(代表撮影)
避難所の市民体育館で被災者に声をかけられる天皇、皇后両陛下=22日午後3時39分、茨城県北茨城市(代表撮影)
北茨城市役所に到着し、豊田稔・北茨城市長(左)らの出迎えを受けられる天皇、皇后両陛下。右手前は橋本昌知事=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
北茨城市役所に到着し、豊田稔・北茨城市長(左)の出迎えを受けられる天皇、皇后両陛下=22日午後、茨城県北茨城市(代表撮影)
 東日本大震災で被害を受けた茨城県の大津漁港を豊田稔北茨城市長(前列右)の案内で視察される天皇、皇后両陛下=22日午後2時35分、茨城県北茨城市(代表撮影)
東日本大震災で犠牲者が出た住宅付近で、じっと黙礼される天皇、皇后両陛下=22日午後2時36分、茨城県北茨城市の大津漁港(代表撮影)

両陛下が初めて被災地お見舞い 「怖かったでしょう」「大丈夫ですか」

2011.4.14 19:33
避難所の千葉県旭市海上公民館で被災者に声を掛けられる天皇、皇后両陛下。左後方は森田健作同県知事=14日午後1時35分(代表撮影)クリックして拡大する避難所の千葉県旭市海上公民館で被災者に声を掛けられる天皇、皇后両陛下。左後方は森田健作同県知事=14日午後1時35分(代表撮影)
 天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災で津波被害を受け13人が死亡した千葉県旭市を訪れ、避難所2カ所を見舞い、被災地を視察された。今回の震災で、両陛下が被災地に入られたのは初めて。 両陛下は、80人が避難する海上(うなかみ)公民館を訪問後、津波で大きな被害を受けた飯岡地区にバスで向かい、出迎えた住民らに「怖かったでしょう」 「大丈夫ですか」などと声をかけて気遣われた。近くで津波の犠牲者が出たことを聞くと、自宅跡に向かい、並んで一礼された。 続けて、75人が避難する飯岡保健センターもお見舞いに。自力で逃げて助かった知的障害の男性(36)に、陛下は「えらいですね。がんばってくださいね」と言葉をかけられ、皇后さまも手を握って励まされた。 被害状況を説明した森田健作知事によると、両陛下は大きな津波の到達まで2時間半かかったことに強い関心を示された。陛下は「これから防災の勉強をしていかなければいけませんね」と話されたという。 この日は秋篠宮ご夫妻も新潟県の避難所を訪問された。関東以外の避難所を皇族方が見舞われたのは初めて。両陛下は来週、茨城県を訪問される見通しとなっている。

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避難所の千葉県旭市海上公民館で被災者に声を掛けられる天皇、皇后両陛下。左後方は森田健作同県知事=14日午後1時35分(代表撮影)
避難所の千葉県旭市海上公民館で被災者に声を掛けられる皇后さま=14日午後1時36分(代表撮影)
避難所になっている旭市海上公民館に到着し、手を振られる天皇、皇后両陛下=14日午後1時31分、千葉県旭市、(代表撮影)
避難所になっている旭市海上公民館に到着した天皇、皇后両陛下=14日午後1時31分、千葉県旭市、(代表撮影)
避難所の千葉県旭市海上公民館で被災者の話をお聞きになる天皇陛下=14日午後1時41分(代表撮影)
津波で家屋などが倒壊した現場を訪れ、明智忠直・旭市長(手前左)から説明を受けられる天皇、皇后両陛下=14日午後2時34分、千葉県旭市(代表撮影)
津波で家屋などが倒壊した現場を訪れ、明智忠直・旭市長(左から3人目)から説明を受ける天皇、皇后両陛下=14日午後2時35分、千葉県旭市、(代表撮影)
津波で被災した現場を訪れ、頭を下げる天皇、皇后両陛下=14日午後2時35分、千葉県旭市、(代表撮影)
 千葉県旭市の県東総文化会館に到着され、森田健作知事、明智忠直市長(右端)に迎えられる天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影
 東日本大震災の被災地、千葉県旭市に到着された天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影)

両陛下、千葉県の被災地ご訪問

2011.4.14 11:55
東日本大震災の被災地、千葉県旭市に到着された天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影)クリックして拡大する東日本大震災の被災地、千葉県旭市に到着された天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影)
 天皇、皇后両陛下は14日午前、東日本大震災で津波被害を受けた千葉県旭市に入られた。避難所で生活する人々を見舞うほか、被災地域を視察される。今回の震災で、両陛下が被災地を訪問されたのは初めて。 旭市は津波被害で、千葉県最多となる13人の犠牲者を出し、2人が行方不明になっている。 両陛下は3月30日に東京都内、4月8日に埼玉県内の避難所をそれぞれ訪問されている。

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東日本大震災の被災地、千葉県旭市に到着された天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影)
千葉県旭市の県東総文化会館に到着され、森田健作知事、明智忠直市長(右端)に迎えられる天皇、皇后両陛下=14日午前(代表撮影)

両陛下、埼玉の避難所ご訪問

2011.4.8 20:21
福島県双葉町の町民が避難している旧騎西高校を訪問された天皇、皇后両陛下=8日午後4時6分、埼玉県加須市(代表撮影)クリックして拡大する福島県双葉町の町民が避難している旧騎西高校を訪問された天皇、皇后両陛下=8日午後4時6分、埼玉県加須市(代表撮影)
 天皇、皇后両陛下は8日、東日本大震災の被災者1400人余りが生活している埼玉県加須(かぞ)市の旧騎西高校を訪問された。両陛下の避難所ご訪問は2回目で、東京都外は初めて。 旧騎西高校には、福島県双葉町民が、町役場の機能とともに移転してきている。井戸川克隆町長は「両陛下に来ていただいて、(町民が)がんばろうという前向きな気持ちに大きく変わったと思う」と話した。 皇后さまは、きょう入学式を迎えた女の子に「かわいいランドセルね」と声をかけられた。

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福島県双葉町の町民が避難している旧騎西高校を訪問された天皇、皇后両陛下=8日午後4時6分、埼玉県加須市(代表撮影)
福島県双葉町から避難してきた子どもたちと話される皇后陛下=8日午後3時56分、埼玉県加須市の旧騎西高校 (代表撮影)
福島県双葉町から避難してきた人たちに声を掛けられる天皇、皇后両陛下 =8日午後4時1分、埼玉県加須市の旧騎西高校 (代表撮影)
福島県双葉町の町民が避難している旧騎西高校を訪れ、声をかける天皇、皇后両陛下 =8日午後4時6分、埼玉県加須市 (代表撮影)

被災者が東御苑を訪問 皇居の自然「地元思い出す」

2011.4.8 11:46
東日本大震災で東京都内に避難中の被災者が皇居東御苑を見学=8日午前、皇居 (桐山弘太撮影)クリックして拡大する東日本大震災で東京都内に避難中の被災者が皇居東御苑を見学=8日午前、皇居 (桐山弘太撮影)

 東京都の避難所で生活している東日本大震災の被災者が8日、皇居・東御苑を訪れ、見頃を迎えた桜や江戸城の史跡めぐりを楽しんだ。

長引く避難生活の疲れを癒してもらおうと、宮内庁が東御苑の休園日に被災者を招待した。この日は味の素スタジアム(調布市)で生活する福島県などの42人 が参加。ボランティアガイドの説明を聞いて江戸城跡を見学したり、皇宮警察音楽隊の演奏に耳を傾けたりしながら、皇居ツアーを満喫した。

福島県富岡町の安斉三千人さん(31)は妻と長男(1)、生後6カ月の次男とともにツアーに参加した。避難所に入って以来、家族で外出するのは初めてという。

安斉さんは、二の丸雑木林の木々をみながら「地元を思い出します。皇居に来たのは初めて。今日は子供たちを自由に遊ばせてあげたい」と話していた。

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東日本大震災で東京都内に避難中の被災者が皇居東御苑を見学=8日午前、皇居 (桐山弘太撮影)
ボランティアの案内を受けながら皇居・東御苑を散策する避難住民=8日午前
東日本大震災で東京都内に避難中の被災者が皇居東御苑を見学=8日午前(桐山弘太撮影)

雅子さま、優しくお声かけ 皇太子ご夫妻、避難所ご訪問

2011.4.7 09:07
避難所を訪問し、被災者に声をかけられる皇太子ご夫妻。「心がほぐれました」と涙を流す被災者もいた=6日午後3時20分ごろ、東京都調布市の味の素スタジアム(代表撮影)クリックして拡大する避難所を訪問し、被災者に声をかけられる皇太子ご夫妻。「心がほぐれました」と涙を流す被災者もいた=6日午後3時20分ごろ、東京都調布市の味の素スタジアム(代表撮影)

 皇太子ご夫妻は6日、東日本大震災で被災した福島からの被災者ら約130人が生活する東京 都調布市の味の素スタジアムを訪問された。3月末の天皇、皇后両陛下に続く都内の避難所ご訪問で、病気療養中の皇太子妃雅子さまが、公的な活動で皇居外に 外出されるのは昨年10月以来、約半年ぶり。約1時間の滞在予定を約45分間オーバーし、熱心に被災者の話に耳を傾け、励まし続けられた。

「何年生?」「何の教科が好きですか?」「外で遊ぶことはありますか?」。ご夫妻は子供たちにも優しく声をかけられた。友達と連絡が取れないという話をきいた雅子さまは「離ればなれなんですね…」と心配そうに話された。

「記念撮影してもよろしいですか。携帯電話しかないんですが」。そんな申し出にも、ご夫妻は快く応じられた。ご夫妻を囲むように家族が並んだ。

雅子さまは疲れた様子を見せず、皇太子さまとともに、ひざを床について被災者と会話を続けられた。被災者が雅子さまの体調を逆に気遣う場面もあり、雅子さまは「ありがとうございます」と返された。

涙を流しながらご夫妻と話していた、福島県富岡町の小林順子さん(39)は「話を聞いていただいてうれしかった。これまでこらえていたが、心がほぐれました。私たちの目線に立って話を聞いてくれる方たちでした」と話した。

家族4人でご夫妻を迎えた、同県浪江町の高松せい子さん(60)は「体調が優れないのに、雅子さまに来ていただいた。すごくうれしかった。だから私も『頑張ります』と言いました」。

宮内庁によると、ご夫妻は、被災者を見舞いたいという強いご意向を持たれていたという。お住まいの東宮御所では「被災者と困難を分かち合いたい」とする両陛下と同様に、自主的に電気の使用を控える取り組みをされているという。

両陛下は3月30日、避難所となっている東京都足立区の東京武道館を訪問されている。秋篠宮ご夫妻も、7日に東京ビッグサイトを訪問される予定。

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避難所を訪問し、被災者に声をかけられる皇太子ご夫妻。「心がほぐれました」と涙を流す被災者もいた=6日午後3時20分ごろ、東京都調布市の味の素スタジアム(代表撮影)

皇太子ご夫妻が避難所をご訪問

2011.4.6 20:58 (1/2ページ)
避難所になっている味の素スタジアムを訪問し、被災者と話される皇太子ご夫妻=6日午後、東京都調布市(代表撮影)クリックして拡大する避難所になっている味の素スタジアムを訪問し、被災者と話される皇太子ご夫妻=6日午後、東京都調布市(代表撮影)

 皇太子ご夫妻は6日、東日本大震災で被災した福島からの被災者ら約130人が生活する東京 都調布市の味の素スタジアムを訪問された。3月末の天皇、皇后両陛下に続く都内の避難所ご訪問で、病気療養中の皇太子妃雅子さまが、公的な活動で皇居外に 外出されるのは昨年10月以来、約半年ぶり。約1時間の滞在予定を約45分間オーバーし、熱心に被災者の話に耳を傾け、励まし続けられた。

「何年生?」「何の教科が好きですか?」「外で遊ぶことはありますか?」。ご夫妻は子供たちにも優しく声をかけられた。友達と連絡が取れないという話をきいた雅子さまは「離ればなれなんですね…」と心配そうに話された。

「記念撮影してもよろしいですか。携帯電話しかないんですが」。そんな申し出にも、ご夫妻は快く応じられた。ご夫妻を囲むように家族が並んだ。

雅子さまは疲れた様子を見せず、皇太子さまとともに、ひざを床について被災者と会話を続けられた。被災者が雅子さまの体調を逆に気遣う場面もあり、雅子さまは「ありがとうございます」と返された。

涙を流しながらご夫妻と話していた、福島県富岡町の小林順子さん(39)は「話を聞いていただいてうれしかった。これまでこらえていたが、心がほぐれました。私たちの目線に立って話を聞いてくれる方たちでした」と話した。

 家族4人でご夫妻を迎えた、同県浪江町の高松せい子さん(60)は「体調が優れないのに、雅子さまに来ていただいた。それがすごくうれしかった。だから私も『頑張ります』と言いました」。

宮内庁によると、ご夫妻は、被災者を見舞いたいという強いご意向を持たれていたという。お住まいの東宮御所では「被災者と困難を分かち合いたい」とする両陛下と同様に、自主的に電気の使用を控える取り組みをされているという。

両陛下は3月30日、避難所となっている東京都足立区の東京武道館を訪問されている。秋篠宮ご夫妻も、7日に東京ビッグサイトを訪問される予定。

避難所になっている味の素スタジアムを訪問し、被災者と話される皇太子ご夫妻=6日午後、東京都調布市(代表撮影)
避難所になっている味の素スタジアムを訪問し、被災者と話される皇太子ご夫妻=6日午後、東京都調布市(代表撮影)
避難所になっている味の素スタジアムを訪問し、被災者と話される皇太子ご夫妻=6日午後、東京都調布市(代表撮影)

両陛下、都内の避難所をご訪問 すべてのグループに声をおかけに

2011.3.31 01:16 (1/2ページ)
避難生活を送っている人たちを励まされる天皇、皇后両陛下。被災者の中には涙を浮かべる人もいた=30日午後、東京都足立区の東京武道館(代表撮影)クリックして拡大する避難生活を送っている人たちを励まされる天皇、皇后両陛下。被災者の中には涙を浮かべる人もいた=30日午後、東京都足立区の東京武道館(代表撮影)

 天皇、皇后両陛下は30日、東日本大震災の被災者約290人が避難している東京都足立区の東京武道館を訪問された。両陛下が被災者を直接見舞われたのは初めて。

両陛下は「お大事にね」「少し休めましたか?」などと、すべてのグループに声をかけられた=写真(いずれも代表撮影)。福島県浪江町から避難してきた養護 学校講師、浮渡(うきと)健次さん(34)は「本当に心配してくださっている気持ちが伝わってきた」と話した。都関係者らからの説明を省略し、予定時間を 上回る約50分を被災者のお見舞いに費やされた。

両陛下は災害状況に心を痛め、16日にはビデオを通じ、国民に向けてお言葉を述べられ た。お住まいの皇居・御所では、「国民と困難を分かち合いたい」として、数時間にわたり、明かりや暖房など電気を一切使わない「自主停電」を15日に開始 された。側近によると、以降、毎日続けられている。

福島県から避難している被災者が9割以上を占める東京武道館(東京都足立区)。ジャンパー姿の天皇陛下は30日、皇后さまとともに、家族らが暮らす区画を1つずつ回られた。

目線を落とし、ひざまずきながら熱心に話を聞かれた陛下は、「本当にご心配でしょう」「ご家族は大丈夫ですか」などと被災者を案じ、複数の避難所を転々とした話を聞くと、「大変ですね」と同情された。

 皇后さまは乳幼児を抱える母親に「ミルクやおむつはあるの?」「屋外で遊ぶところはあるんですか?」とご質問。子供の前でお手玉をされる場面もあり、周囲に笑いが広がった。

多くの避難者は、両陛下と話していないときも、正座を崩さず両陛下を目で追った。涙を浮かべる姿もあった。

即位後、陛下は大規模な自然災害が起きるたび、皇后さまとともに可能な限り速やかに現地を訪問されてきた。平成7年の阪神大震災では、震災後約2週間で兵庫県に入られている。

今回の災害からもすでに20日目を迎えたが、現地に入るには警備面の負担などを考えると時期が早いとして、まずは都内の避難所を訪問された。

両陛下はほかにも「現段階でできること」を考え、実行されている。お言葉を述べた映像の公表や、御所での「自主停電」。宮内庁の御料牧場(栃木)の生産品 の卵、野菜を避難所に届けたり、那須御用邸(同)の職員用の風呂が避難者に開放されたりした前例のない取り組みも、両陛下のご発案だった。

両陛下が心を砕かれる一方で、皇室に関する根拠のない話がネットを通じて出回っている。陛下や皇族方が、余震や放射線の影響を避けるため「京都に移動された」などとする内容だ。

震災以降、各種行事の出席を中止し、公の場に出る機会が少なくなったことが背景にあるようだ。陛下のお言葉のビデオが発表された16日以降は「映像は海外で撮影された」という根拠のない話も登場した。

真偽を会見で問われた宮内庁幹部はこう答えた。「答えるには及ばない。陛下がどこにいらっしゃるかは、みなさんが一番ご存じのはずです」

両陛下は災害直後から、「一日でも早く被災地を訪れたい」と、一貫して強く願われているという。

(芦川雄大、篠原那美)

避難生活を送っている人たちを励まされる天皇、皇后両陛下。被災者の中には涙を浮かべる人もいた=30日午後、東京都足立区の東京武道館(代表撮影)
東京武道館を訪問し、避難している人たちに話しかけられる天皇、皇后両陛下=30日午後、東京都足立区(代表撮影)
東京武道館を訪問し、避難している人たちに話しかけられる天皇、皇后両陛下=30日午後3時50分、東京都足立区(代表撮影)

両陛下が豪首相をご引見

2011.4.21 11:19
オーストラリアのギラード首相(左端)と同首相のパートナー、ティム・マシーソン氏(右端)と会見される天皇、皇后両陛下=21日午前、皇居・御所(代表撮影)クリックして拡大するオーストラリアのギラード首相(左端)と同首相のパートナー、ティム・マシーソン氏(右端)と会見される天皇、皇后両陛下=21日午前、皇居・御所(代表撮影)

 天皇、皇后両陛下は21日午前、皇居・御所でオーストラリアのギラード首相と、同首相のパートナーのティム・マシーソン氏を引見された。

両陛下が外国要人と公的に会見、引見する場合は通常、宮殿で行われていたが、東日本大震災の節電対策で宮殿を限定的に使っているため、今回は御所でお会いになった。

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オーストラリアのギラード首相(左端)と同首相のパートナー、ティム・マシーソン氏(右端)と会見される天皇、皇后両陛下=21日午前、皇居・御所(代表撮影)

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カテゴリー: NEWS, 東北地方太平洋沖地震捜索救助活動 パーマリンク

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